色鉛筆:はじめのいっぽ!

ヤッパリ京都!で!スケッチの日々…。

滋賀県:近江八幡:はんえいの なごり のこしは 長命寺

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今日は滋賀県近江八幡、西国三十三ヶ所のひとつ、長命寺〜!
 

場所はココ 

  ↓

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長命寺山の山腹にあるお寺様!
山腹にあるもんだから、お寺様までは石段を。
なんでも、登りに20分もかかる「八百八段」と
呼ばれている石段が有名とか。
 
 
これは大変であります! 
 
 
スケッチは「ネット通りがかり」でお借りしましたので、
このスケッチの石段が「八百八段」の石段のつながりかどうか…、
わかりませんが…。
 
 
ただ、石つながり(むりくり?)では、
ここ長命寺の境内には巨岩がアチコチにあるそうで
巨石信仰の場のようです。
 
 
また、長命寺のある山のふともとの船着場は、
かつて安土への水路の入り口であったようです。
 
 
と言うことは、 長命寺のお寺様の明かりは、
琵琶湖を行き交う船の灯台の役目、
ランドマークの役目をになっていたのかもしれません。
 
 
結構、近江八幡、発達していたかもしれません。
 
 
たくさんの人、物が行き来し、
この活気ある人、物の往来が
後の近江商人につながったような気がしますが。
どうなんでしょう?
 
 
この長命寺ウィキペディアによりますと、
創建は推古天皇27年、619年。
この12年前の607年に法隆寺が建てられています。
そして、長命寺、創建3年後の622年に聖徳太子さんがなくなっています。
 
 
当時の近江八幡、奈良からみると遠く感じるわけですが、
案外、奈良と琵琶湖、近江八幡は、同時期、
発達してように思います。
 
 
伝承によりますと、
記紀日本書紀古事記)にも出てこられる
武内宿禰(たけしうちのすくね)さんが、
この地で長寿を祈られたので長命寺と名付けられたとあります。
 
 
長寿を祈られた武内宿禰さん、
その後300年!、生きられたとか。
もうギネスモノですねぇ〜!
 
 
いつの時代も、人の祈りの中に必ずはいるのが長寿!
気持ちは、昔も今も皆同じ〜!
なんだか、気持ちが近づきますねぇ!
 
 
ところが、ところが、
長寿を祈願したこの武内宿禰さんの没年が不詳!
わからん!とあります。
 
 
これまた不思議ですねぇ。
お生まれが景行天皇14年とわかっているのに…。
ムム、何かあった?ナントか事件簿に巻き込まれた?!
想像するとキリがありませんが…。
 
 
そうそう、ギネスモノといえば、もう一つ、ココには
古文書が5475点も残っているとか。
 
 
これもギネスモノでは?
 
 
日本の昔を記録した記紀に出てこられる人が創建されただけあって、
伝統的に、色々、記録を残したり、したため文書が
たくさん残ってるのかもしれません。
 
 
歴史を材料に、わからん、つながらん部分を
当方、勝手につなげております!
結構、楽しいもんであります
 
m(_ _)m
 
 
\(^o^)/
 
 
m(__)m